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横浜地方裁判所 昭和56年(わ)555号 判決 1981年7月17日

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  分離前の共同被告人S、同H、同T並びにKが、右Sの斡旋した新聞販売店の仕事を一方的に反古にしたF(当時二三年)に対し、これをたねに金員を喝取しようと共謀のうえ、昭和五六年三月三日午前零時三〇分ころから同日午前五時ころまでの間、東京都町田市○○町×××××番地所在のK方において、Fに対し、Sが「お前が仕事をことわったことで俺は信用をなくした。お前には五〇万円の費用がかかっている。損害をどうしてくれる。その分弁償してもらおうか。お前に貸してある五万円をすぐ返せ。」などと申し向け、Hが手拳及び皮バンドをもってその頭部、顔面、背部等を多数回にわたり殴打し、あるいは足蹴にするなどの暴行を加え、Tが電話受話機でその頭部を一回殴打する暴行を加え、同日午前五時ころ右現場に来て合流したKがその場にあったコカコーラの空びんをもってその頭部、肩部、背部等を多数回にわたり殴打し、あるいは足蹴するなどして暴行を加えて金員を要求し、その要求に応じないときはさらにいかなる危害を加えるかもしれないような気勢を示して脅迫し、同人を畏怖させていたところ、同日午前五時すぎころ右現場に行きあわせ、S、Kに金員を取りに行くよう指示されてその情を知ってこれを承諾し、Sらのため金員を取りに行くべくFを同行のうえ同日午前一一時ころ、同市能ヶ谷町一、〇四六番地所在の横浜銀行鶴川支店駐車場に赴き、同人から同人の義父R(当時五三年)を介して現金五万円の交付を受けて、Sらの恐喝の犯行を容易ならしめてこれを幇助した

第二  法定の除外事由がないのに、同年同月八日ころの午後一一時ころ、前記K方において、フエニルメチルアミノプロバンを含有する覚せい剤粉末約〇・一グラムを溶解した水溶液約〇・五ミリリットルのうち約〇・二五ミリリットルを自己の左腕に注射して使用した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為の点は刑法二四九条一項、六二条一項に、判示第二の所為の点は覚せい剤取締法一九条、四一条の二第一項三号に各該当するところ、判示第一の罪は従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。

(恐喝・傷害の共同正犯としての訴因に対し、恐喝幇助の限度でのみ刑責を認めた理由

一  検察官は、判示第一につき、Sらと共謀のうえ恐喝・傷害の犯行をなしたとする訴因を掲げ、その理由として、本件においては、被告人自身は直接暴行行為に及んでいないとしても、被告人は暴行行為終了後とはいえない時期に現場に臨場し、Kが被害者Fに暴行を加えているのを眼のあたりにしながら、これを認容して、被害者の畏怖状態を認識しつつ金銭受交付行為に及んでいること、恐喝の手段としての暴行とそれにより生じた傷害の結果は、分離不可分な単一の社会的事実であること、牽連犯の場合と異なり、行為は一個であって傷害はその結果であり、強盗致傷と全く同様の関係にあるわけで、ただ反抗抑圧の程度の差によって一方は恐喝・傷害となり、もう一方は強盗致傷となるにすぎないこと、強盗致傷の場合は暴行行為終了後に加担した共犯者も被害者が反抗を抑圧された状態が続いている間に加担したのなら強盗致傷としての共同責任を負うべきであるとする結論が支配的であるところ(大審院判決昭和一三年一一月八日刑集一七巻八三九頁、東京地裁判決昭和三四年一二月二日、神戸地裁判決昭和三九年三月一〇日等)、本件の如き恐喝・傷害の場合も、強盗致傷とパラレルに処理されるべきであって、両者とも行為はもともと一個であり、ただ反抗抑圧の程度の差異によって適用条文が異なるだけであって、行為の実態を重視すれば、これを区別すべき理由はなく、承継的共同正犯の理論上結論に差異をもうける必要もないから、本件被告人は恐喝の点はもちろん傷害の点についてもその責任を負うべきである、とする。

二  そこで検討するに、

(一)  本件の事実関係は、判示認定のとおりであり、被告人については被害者Fに対し恐喝・傷害を加えることの事前の共謀の事実、及び被告人自身が被害者に対し暴行を加えた事実は、いずれも存在しない。被告人は、K方へ同人を送るべく自動車を運転して同人方前路上に至り、同所に停車して同人を下車させた後、付近に自動車を駐車させに行き、それから同人方へ歩いて戻り屋内に入ったところで、本件に遭遇したものであり、その時点ではすでにH、Tの暴行為は行終了しており、また、Kのコカコーラの空びんによる殴打行為も終了していて、被告人がその場に臨んでから加えられた暴行は、Kが被害者に対し左脇腹あたりを一回足蹴りしたというものである。かようにして、本件は先行行為者が恐喝・傷害の実行に着手し、暴行行為のほとんど大部分、かつ、重要部分は終了していたものの、その全部が終了しないうちに、その事情を知りながら、自らは暴行を加えることなく金員受領行為についてのみ関与したというものである。

(二)  当裁判所は、後述するように、被告人につき検察官主張の恐喝・傷害の共同正犯を認めず、恐喝幇助犯の成立のみを認めたが、いわゆる承継的共同正犯と承継的従犯とでは、いずれも先行行為者が特定の犯罪の実行に着手し、まだその全部を終了しないうちに、後行行為者がその事情を知りながらこれに介入し、先行行為者と意思を通じて、じごの行為をする点では同じであり、ただ後行行為者が行う行為が残りの実行行為を分担するものである場合が共同正犯、実行行為そのものを行うのではなくそれ以外の行為をもって実行行為を容易にする場合が幇助犯とされるにすぎず、共同正犯か幇助犯かという差はあるにせよ、その責任の及ぶ犯罪の範囲については異なった取扱いをする実質的理由はないので、以下においては承継的共同正犯を基本として検討することとする。

従来、承継的共同正犯の責任の及ぶ範囲については、問題となっている犯罪が単純一罪か、行為の分割可能な罪であるかどうかということが重要なきめてとされており、それによれば強盗致傷罪は結果的加重犯として単純一罪を構成するので分割不可能であり、後行行為者は先行行為者の行なった強盗及び傷害の全部について共同正犯者としての責任を負うが、恐喝・傷害の各罪は科刑上一罪として実質上数罪であるから分割可能であり、暴行・傷害行為に加担していない後行行為者は恐喝についてのみ責任を負うとする結論が導かれよう。しかし、検察官が指摘するように、強盗致傷と恐喝・傷害は、行為の実態を重視してこれを統一的にみるとき、両者は暴行の程度が反抗を抑圧するに足るほどの強力なものであったか否かが異なるだけであって、単に当該犯罪が一罪かどうかという理由だけで責任の及ぶ範囲に差異をもうけようとする考え方は説得力不十分と思料されるが、さればといって、後行行為者が先行行為による介入前の犯罪行為を認識して、じごなんらかの実行行為を分担した以上は、その認識した全範囲についての共同正犯の責任を負うと解すべきかどうかについてはさらに検討を要しよう。

いうまでもなく共同正犯の成立には、共同実行の意思とその事実が必要であり(幇助犯にあっては、正犯を幇助する意思と正犯を幇助する行為)、承継的共同正犯において、じごに犯行に加担した者に、それ以前の先行行為者の行為についてまで責任を負担させることができる理由は、先行行為者の行為及び生じさせた結果・状態を単に認識・容認したというにとどまらず、これを自己の犯行の手段として積極的に利用すべく自己の犯罪行為の内容に取り入れて、残りの実行行為を他の共犯者と分担して行うことにあり、この場合の後行行為者の共同実行の意思の内容及び共同実行の事実は、介入後の後行行為者の行為を通じて明確となるわけである。すなわち、後行行為者が先行行為者の行為なり、生じさせた結果・状態の拡大に寄与する行為を行うところに介入前後を通じての共同実行の意思とその事実を認めることができるとともに、かかる寄与行為を行わないとすれば、後行行為者においてそれに相応する先行部分の共同実行の意思やその事実を有しないか、すくなくともこれらの存在は客観的には明確でなく、結局これらの存在を断定することはできない。

本件においては、被告人は被害者FがSらの先行行為により畏怖状態にあることを認識・認容して金員受領行為に加担しているので、これによって恐喝罪の実現に協力したと評価することができるが、傷害の結果を生じさせることやその拡大につながるような暴行等の寄与行為はなんらしていないから、傷害については共同実行の意思及びその事実の存在を認めることはできず、結局、本件については恐喝罪の限度で承継的共犯の成立を認めることができるが、傷害についてはこれを認め得ない(この理は、先行行為者の行為が強盗致傷にあたる場合でも同様であると思料される。)。

(三)  本件は、暴行を加えて財物の交付を受けようとする恐喝罪の正犯が先行しているところ、被告人はその財物の交付を受ける行為のみを、情を知ってなした者であり、かつ、これを自らの犯罪遂行としてなしたのではなく、S、Kに指示され、それらの者のために加担したものであって、恐喝の正犯意思を有していたとまでは認め難いから、恐喝の共同正犯の成立は認定できず、恐喝幇助犯の限度で認定することとした。(なお本件については、第一回公判の当初から終始弁護人は恐喝の共同正犯を争い、その幇助にすぎないと主張して攻撃防禦を尽くして来たので、訴因の変更をすることなく恐喝幇助罪を認定しても被告人に不意打を与えるものでも被告人の防禦に不利益を与えるものではないので、訴因変更手続をとることなく、恐喝幇助罪を認定した。また、本件恐喝と傷害は一所為数法の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、傷害の点について被告人に刑責を認めることはできないが、主文において傷害罪についての無罪の言渡はしないこととした。)よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝岡智幸)

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